これからの日本を思う

http://blog.tatsuru.com/2014/11/26_1711.php
内田樹の研究室
資本主義末期の国民国家のかたち
日本が特殊な国で、欧米に比べ精神的に遅れた国だというのは非常にありふれた議論である。ちょっとネガティブな感情が強い最近の日本人がこの話を聞いて「ああそうだ」と納得し、適当に時間をつぶすにはちょうど良い話題である・・・が、本当にそうなのであろうか。
古来から平和国家であった、というわけでもないのにあれこれあって平和憲法なるものを制定、ただ、軍事外交面は大国に翻弄されっぱなっし、経済はある程度順調に成長したが伸び悩んで西欧・北米ほどに社会資本を充実させることのできないまま衰退に向かっている、ものの考え方も西欧・北米ほどにオープンになれない・・・というのは西欧・北米を除くかなりの国に当てはまる・これからそうなるものである(平和憲法は日本国憲法制定時には珍しいものであったが、その後独立したり憲法を改正した国の憲法にはよく見られるもので決して特殊ではない)。
確かに、そういった国家群の中では日本は一番規模が大きいし経済力もある、少子高齢化などの問題が顕著になるのも一番早い。ただ、それは裏返すと先行するものとして後から来るものに各種ノウハウを教えることが出来る、といった可能性を示唆している。というわけで、日本がもがいてそれなりに出している解というのは世界の多くの国にとって非常に有益で(その点に気づいているマレーシアという国もある・・・)、そこから無数のビジネスモデルや外交戦略を生み出せば、現在の日本の危機的な状況はかなり挽回できると考えられる。
ここ数日政治や経済に関してあれこれ批判してきたが、対案としての私の考える国家戦略の根幹は、即ち「ダメなりに頑張ってきた事を奇貨とする戦略」である。安倍総理が採用してくれたら「一生ついていきます」宣言をしてもいいのだが・・・。

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